(雑誌 「治療」Vol.89,3月増刊号 p1230〜南山堂)
先にも述べたようにアガリクスについては、その後も学会や学術誌などで何度か我々の研究結果を公表してきた。
しかしそれは業者の宣伝によってかき消されていたようであったが、内外の研究者もその副作用を警告していた。
我々の実験はもとより動物を使った基礎実験であるが、たとえ腫瘍増殖阻止率がプラスの値が出ても、それだけで効くとは言えるような結果ではなかった。
いろいろなキノコの抗がん作用を比べてみると、明らかに効くキノコと効かないキノコに差がある。対照群の腫瘍の状態や完全退縮(Complete regression)率などをよく観察する必要がある。
米国NIHのNCI(国立癌研究所)の補完代替医療部門の研究者とデスカッションする機会があった。
現在では基礎データでかなりのところまで臨床データを予測できるということであるが、急性、亜急性の毒性試験などで、その後臨床に応用したときに出てくるヒトにおける毒性の発現はなかなか予測できない。
すなわち動物の毒性試験で副作用が見られなくとも、その後ヒトで毒性が発見されることはよくあることである。
アガリクスを摂取して肝炎を患い死亡した臨床症例が、国立がんセンター中央病院の内科によって学会で報告された(日本癌治療学会、2001年)。
このことはがんの専門家の間では良く知られていたことであったが、これもまたアガリクスの販売業者などの異常に増殖する宣伝によってかき消されたのであろう。
その後もがんの患者さんがかなり広くアガリクスを服用していたことは想像に難くない。それがまた神戸医療センター(旧国立神戸病院)における不幸な事態を招くことになった(2003年)。
その症例は肺がんの手術後退院してアガリクスを服用していたが、3週後劇症肝炎を起こして再入院し死亡した。
このとき病院関係者は、慎重にアガリクスによると断定できないとした。
しかし、専門家の間ではアガリクスによることは間違いないだろうと考えられていた。そしてそれを解明するために、厚生労働省はアガリクスの毒性研究を行ったというわけである。
ご承知のように、発がん過程には、イニシエーションからンプロモーションへ進む二段階があり、それは自動車を動かすときにエンジン(イニシエーション)をかけても車は動かないが、アクセル(プロモーション)を踏んでははじめて発進する。発がん物質でも少量ではそれ自身で発がんを惹起しないけれども、それと同時にある特定の物質が重なって投与または曝露されると発がんしてしまう。
そしてその物質だけでは、発がんしない。
発がん機構の研究過程で、そのような物質があることがわかってきて、そういう作用を持つ物質をプロモーターと呼んだ。
今回の厚生労働省発表の実験は、ラットによる「中期多臓器発がん性試験」という実験モデルで、広く国際的に認められている。
こうして各群のラットについて発がん状況を観察する。
もし発がんプロモーション作用があれば、1)、3)は発がんしないかまたは少ない、もし被験物質にプロモーション作用があれば、2)の発がん率は有意に高いという結果が出てくる。
今回厚労省発表の結果では、アガリクス製品の一種(某社製)に用量相関的に腫瘍性病変が発現していることを確認した。特に1.5%被験物質含有飼料で飼育した群では胃,腎及び甲状腺に有意に病変を認めた。
これまで世界的に広く発がん研究が行われ、その結果から実際にがんを予防するにはこのプロモーションを抑制することが最も大切だと考えられている。
しかし全製品というわけではないが、今回アガリクスが発がんプロモーション作用を持つという研究結果が出たのだから,先ずはそれを避けなくてはいけないことになる。たとえ多少の作用があっても避けるに越したことはない。
劇症肝炎や発がんプロモーションは特定のアガリクス製品だと、販売者は喧伝しているが、厚労省の公開した実験では5種のイニシエーターを用いており、もしその他の発がん物質(イニシエーター)を組み合わせて実験したならば、まだ特定されていないアガリクスの毒性関連物質が同じような作用を示すことも考えられる。
今回の実験は他のイニシエーターとの組み合わせやプロモーターの活性の度合いによって、いろいろなことが起こり得ることを示唆している。現実には環境中にはいろいろなイニシエーターがあり、またプロモーターもあるので、先ずは危険を避けることが大切であると言わざるを得ない。最終的には厚労省によって、その製品の販売停止と製品の回収の勧告処分を受けるという事態になり、その毒性に関しては、現在も関係研究機関で研究が続けられている。(2006年2月厚生労働省発表)。
さらに、アガリクス類にはアガリチンという発がん物質があることは古くから知られており、外国の研究者はじめ日本の癌の専門家もそのことを警告してきた。そしてある種のアガリクス製品にはアガリチンがあり、また製品によってはカドミウムが多量に含まれているという結果も報告されている。
したがって神戸の事件の後は、各社が自社の製品はアガリチンやカドミウムは含まれていないとしていたが、それは劇症肝炎の関連原因物質ではないだろうと考えられていた。
そしてさらに2006年8月厚生労働省は復帰突然変異試験(Ames試験ともいう)の結果を公表して、少しずつ原因が明らかになってきた。
それによればアガリチン以外の遺伝毒性を示す物質が問題のアガリクス製品に含まれているという結論であり、その物質を特定していないが、アガリクスがアガリチン以外の遺伝毒性物質を産生するのは確かであるということである。言い換えればアガリクスはアガリチンが含まれていなくとも安心できないキノコであるということになる。
アガリクスというキノコは、はじめ三重大学のグループによってブラジルからもたれされ、姫マツタケと命名されて抗がん作用が報告され、その後静岡大学などで研究された。また当時から学名は、Agaricus blazei とされてきたが、近年に至ってその学名のキノコは別のキノコであり、誤りであると断定された。
即ち現在日本で販売されているキノコの正しい学名はAgaricus brasiliensisであると著名なキノコの分類学者によって結論され、学名もくつがえされた7)。いずれも業者の増殖する宣伝にかき消されて、その副作用、活性の正しい適切な評価、学名の誤りなどは一般にあまり知られることなく過ぎてきたのが実情であろう。
少なくとも消費者はこういう毒性物質を生産するキノコは避けなくてはならないし、勿論医療に関係する治療者が勧めるべきものではない。
近年キノコの機能性は国際的に注目されているが、このようにアガリクスに関しては、正しい適切な情報が消費者に届かない事態が不幸な結果を招き、瞬く間に世界に知れ渡り、「国家の品格」を落とした。